今日と云う日が祖父の納骨式の日だからだ
それなのに僕は二度寝をし
なおかつ寝癖を直そうとしない暴挙っぷり
でも祖父なら苦笑いで許してくれるだろう
車で四谷の方の教会へ
後部座席に祖父の遺骨とばあちゃん
教会までの1時間
窓の外の流れる景色を眺めていた
ふるぼけた骨董品屋とか
日用品屋のおばちゃんとか
家具屋のお兄さんとか
カフェのお姉さんとか
カップルとか
犬とか
猫とか
祖父の納骨とは知らないで人々はすごしている
それは当たり前のことなんだけど
なんとなく当たり前のことなんだなと再確認をした気分だった
人はなんとなく生まれた途端から
終わりに向かって歩いていたりするわけで
それは人だけじゃなくて生きてるもの
いやビルとか建物とかもそうで
みんな終わりに向かってひたすら歩いていたりする
なんだかそれって不思議なことだ
そんなことも当たり前なんだけど
なんだかうまく言えないな うん
納骨をする今日この日
生まれた人がいるかもしれないし
また亡くなった人もいるかもしれない
何かに出会った人もいるかもしれないし
別れた人もいるかもしれない
結ばれた人もいるかもしれない
初めての出来事を体験した人もいるかもしれないし
また何かを失った人もいるかもしれない
人の人生を矢印なんかでたとえたりすると
他の矢印とかと絡み合うけど
やっぱりずーっと一本の矢印
つまり自分だけの矢印がずーっと伸びていくような
そんなイメージがあったりする
そんなどうでもいいような
ぬるい味噌汁みたいな考えをぼーっとしているうちに教会について
とりあえず親戚待ちなんかをした
その教会ってのはなんだか不思議なトコで
最近出来たようなんだけど
なんだか入り組んでたりして
やたら静かで
曇った空と
ステンドグラ
高い天井
不思議だった
簡単な追悼式をやって
神父さんのお話なんか聞いてしまったりなんなり
神父さんのお話っていうのは
言われてみると当たり前な話なんだけど
当たり前すぎて気づかないことを言われて
なんだかありがたく感じるんだけど眠かった
棚みたいなのにお骨を置いて
これでおしまい
祖母はやっぱり泣いていた
僕ももらい泣きをした
赤飯が好きだった祖父
喉自慢をみるのが好きだった祖父
一緒に散歩をした祖父
意外とケチだった祖父
記憶力がよかった祖父
誇れる祖父
大好きだった祖父
もうさようならのときがやってきたのだ
さようならじいちゃん
安らかに眠ってほしい
縁起でもない話だけど
僕が死んだら迎えに来てほしい
会いたいんだ
じいちゃんに

