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カテゴリ:グランパ

  • さよならのとき
    [ 2006-01-14 01:33 ]
  • 追記
    [ 2005-11-09 00:12 ]
  • 祖父と私の生きる道6
    [ 2005-11-09 00:10 ]
  • 祖父と私の生きる道5
    [ 2005-11-09 00:09 ]
  • 祖父と私の生きる道4
    [ 2005-11-09 00:09 ]
  • 祖父と私の生きる道3
    [ 2005-11-09 00:09 ]
  • 祖父と私の生きる道2
    [ 2005-11-09 00:08 ]
  • 祖父と私の生きる道1
    [ 2005-11-09 00:07 ]
  • 急告
    [ 2005-11-05 23:26 ]

さよならのとき

朝こんなに早く起されたのは
今日と云う日が祖父の納骨式の日だからだ
それなのに僕は二度寝をし
なおかつ寝癖を直そうとしない暴挙っぷり
でも祖父なら苦笑いで許してくれるだろう

車で四谷の方の教会へ
後部座席に祖父の遺骨とばあちゃん
教会までの1時間
窓の外の流れる景色を眺めていた
ふるぼけた骨董品屋とか
日用品屋のおばちゃんとか
家具屋のお兄さんとか
カフェのお姉さんとか
カップルとか
犬とか
猫とか
祖父の納骨とは知らないで人々はすごしている
それは当たり前のことなんだけど
なんとなく当たり前のことなんだなと再確認をした気分だった

人はなんとなく生まれた途端から
終わりに向かって歩いていたりするわけで
それは人だけじゃなくて生きてるもの
いやビルとか建物とかもそうで
みんな終わりに向かってひたすら歩いていたりする
なんだかそれって不思議なことだ
そんなことも当たり前なんだけど
なんだかうまく言えないな うん

納骨をする今日この日
生まれた人がいるかもしれないし
また亡くなった人もいるかもしれない
何かに出会った人もいるかもしれないし
別れた人もいるかもしれない
結ばれた人もいるかもしれない
初めての出来事を体験した人もいるかもしれないし
また何かを失った人もいるかもしれない

人の人生を矢印なんかでたとえたりすると
他の矢印とかと絡み合うけど
やっぱりずーっと一本の矢印
つまり自分だけの矢印がずーっと伸びていくような
そんなイメージがあったりする

そんなどうでもいいような
ぬるい味噌汁みたいな考えをぼーっとしているうちに教会について
とりあえず親戚待ちなんかをした

その教会ってのはなんだか不思議なトコで
最近出来たようなんだけど
なんだか入り組んでたりして
やたら静かで
曇った空と
ステンドグラ
高い天井
不思議だった

簡単な追悼式をやって
神父さんのお話なんか聞いてしまったりなんなり

神父さんのお話っていうのは
言われてみると当たり前な話なんだけど
当たり前すぎて気づかないことを言われて
なんだかありがたく感じるんだけど眠かった

棚みたいなのにお骨を置いて
これでおしまい

祖母はやっぱり泣いていた
僕ももらい泣きをした

赤飯が好きだった祖父
喉自慢をみるのが好きだった祖父
一緒に散歩をした祖父
意外とケチだった祖父
記憶力がよかった祖父
誇れる祖父
大好きだった祖父

もうさようならのときがやってきたのだ

さようならじいちゃん
安らかに眠ってほしい

縁起でもない話だけど
僕が死んだら迎えに来てほしい
会いたいんだ
じいちゃんに


by hiromaruz | 2006-01-14 01:33 | グランパ | Comments(0)

追記

ようやく今日式もすべて終わりました
なんだか力が抜けた気分です

長々と綴ってありますが
気長に読んでいただけたら光栄です

明日からまた通常通りの日々に戻ります
よろしかったらまた読んでやってくださいませ

長々と更新を停止して申し訳ありませんでした
また明日から変わった日々を送っていきます

かてごりグランパに今回のことは分類いたしました

そして今
足が冷えすぎてつりそうなんですよ

by hiromaruz | 2005-11-09 00:12 | グランパ | Comments(0)

祖父と私の生きる道6

11月8日火曜

祖母の家の朝は早い
8時くらいにたたき起こされた
祖父は夢枕に立ってくれなかった
僕が熟睡しきっていたのだろうか
祖母にそのことを話すと
「おじいちゃんが立つわけないじゃない」とあっさりと返された

驚くほどに蒼い空を眺めながら
10年ぶりくらいに朝からトーストを食べた

広い祖母の家をながめていたのだが
やっぱり祖父がソファーに座って「ヨー!」とか言ってそうで
いなかったらトイレか書斎にいそうな気がした
いつもいるはずの人がいない
あって当たり前のものがそこにない不思議さよ

食事を済まして
うだうだとし
せっかちな父はさっさと教会に向かってしまった

11時半に私たちは家を出た
いい天気の中控え室で電報の仕分けをしていた
すごい数の電報が来ていた
驚くような人からもきていて
改めて祖父の偉大さを知った

電報を仕分けして
軽食を取った

12時半に席についた
祖父の棺の後ろにあるステンドグラスから射す光が
室内をほんのり紫色に染めて美しかった
そして13時式が始まった

昨晩の通夜と似たような進行で式はすすんでいった
途中神父様のとてもいいお話のさなかすやすやと寝てしまった
ねんだかフラフープを持って水泳をする変な夢を見たところで
従兄弟に起こされた

なんだか祝福を受けた
家族が幸せでいることが
最高の供養らしい
祖父の分も楽しい人生を送りたいと思った

告別式では弔辞を聞いた
僕の知らないところで祖父はいろいろ偉大なことをしていたらしい
もっといろいろ聞いておけばよかったなと後悔をする
戦争の話や会社での話しそして闘病の話
とてもいいお話だった

献花を終えて
棺が開かれ
華を添えた
なんだか寂しくてボロボロ泣いてしまった
皆も泣いていた
さよなら祖父そんな思いでいっぱいだった

僕が写真を持ち
棺が教会の外に運び出された
途中から僕も棺を担いだ
その時祖父の若い頃所属していた海軍の学校の同期生の方々が
同期の櫻という歌を歌ってくれた
とてもかっこよかった


そして写真を持ち霊柩車に乗り込んだ

霊柩車にも祖母が乗り合わせていた
コレといって話すこともなかったので車内は沈黙状態で
やがて眠くなってきて
写真を持ちながら寝てしまった
なんて馬鹿な奴俺

火葬場について
祖父に最後の別れをした

そして祖父はゆっくりと釜の中に入っていった

45分くらい雑談などをしていると
出棺しますのでといわれふたたび元の場所へ

ゆっくりと亡骸がでてきた
骨ってあまりしっかり残ってないもんで
足から上なんかぼろぼろだった
もうどこにも祖父の面影はなかった
そこにあるのは白い骨だけ

骨を骨壷に収めた
この年の人にしては骨がしっかりしていると
死してなお人を感心させる祖父
たしかに骨はがっしりと太かった

祖父は一番大きめと言われる骨壷にしっかり収められ
箱に入れられて布をかけられて
僕の手に渡った

箱は燃やしたせいでほんのりあたたかかった
まるで祖父のぬくもりのようだった

そして某中華料理屋で食事を取った
本当に人が死んだのかと思うくらい大騒ぎをしていた
まるでどこかに祖父がいてもおかしくないような騒ぎっぷりに
やがてまたどこからか歌が聞こえてきて
その歌のよさに父が涙をしていた

宴会はお開きになり
また僕は骨壷を抱き車に乗り込んだ

20時に祖父は3日ぶりに家に戻ってきた
みんなホット一息

こうして祖父の葬式は終わって
また明日から通常通りの生活が始まる

何度も言うようだけど
僕は祖父はまたどこからかひょっこり戻ってきそうな気がしてならない
でももういないことは知っているんだけどね
なんだか矛盾しているな

18年間ありがとう祖父
僕はあなたを尊敬する
最後まで世話人としての役目を果たせてよかった
いつまでも忘れないことはない
さようなら
そしておかえりなさい


長々とここ数日のことを語らせていただきました
これを書くことにより
今日という日を僕は忘れないでしょう

by hiromaruz | 2005-11-09 00:10 | グランパ | Comments(2)

祖父と私の生きる道5

11月7日月曜

天気予報では雨のはずだったのに
なんだかよく晴れていた
祖父のおかげなんだろうなんて言い合っていた

祖母の家を掃除して
おのおの用事を済まし

3時半くらいにぼちぼちと着替え始めた
いつものスーツに祖父の黒いネクタイを締め4時くらいに家を出た


もう教会には人が集まっていて
なんだかあわただしかった

父方の祖母や
近所の方までいらっしゃってくれて
教会は溢れかえりそうなくらい人がいらしてくれた

こんなにたくさんの人がいらしてくれるなんて
祖父は幸せだなと思う
もし僕が死んだときには何人の方がいらしてくれるのだろうか
何人が泣いてくれるのだろうか

まぁどうでもいいことか
さぁ祖父の通夜が始まった

祖父の棺の周りは色とりどりの花で溢れ帰り
教会の鐘の音が鳴り響いた
神父様が入場し
お祈りをしていただき
賛美歌を歌い
説教を聴き
叔父がスピーチをしたり
献花をした

献花をしてお食事が用意されている部屋に向かったのだけど
母に
「あんたら先たべるんじゃないわよ」と念を押されたなので
生唾を飲んでご馳走を見ていた
どんどんと人が来るけども
どんな話をしていいのかわからないので
外で立っていた

黒い空に一つだけ星が見えた
あれが祖父の星なんだろう

なにか手伝えることはないかと
室内をうろつき
ビールの栓をあけてまわった
微力ながら役に立てただろう

やがて祖母がやってきて挨拶などをしていた
そして孫を差し置いて
食事をひょいひょい食べ始めた

「さぁおたべなさい」というので遅い夕食をとった
どんどんと人もいなくなり
食事も終え

従兄弟の車に乗り
従兄弟の家に寄った
従兄弟の家族はなんだかとっても明るかった
打ち解けた感じの家族
うちとはなんだかちがった

さぁうちにかえろうぜ!って時に
従兄弟の車のガソリンが切れそうだったのでセルフのスタンドによった

喪服に黒い車にセルフスタンド
怪しいことこの上ない

家に帰ると祖母と父がもめたらしく
なんだか家はシーンとしていた

逃げるように祖母の家に泊まった
従兄弟も泊まった

祖父の寝室に泊まったのだが
祖父が夢枕に立ってくれるかもしれないと思い
自前の枕を持参した

さぁいよいよ明日は告別式です

by hiromaruz | 2005-11-09 00:09 | グランパ | Comments(0)

祖父と私の生きる道4

11月6日 日曜

うっかり起きたら11時だった
もう皆起きていて
祖母の家に集まってやっぱり打ち合わせとか
電話をかけたりとかしていた
何も役に立てずにぼーっとしていた
ちょろっと話を聞いていたのだが
なんだかことが大事になってきていて
相当の数の人が来るそうで
てんやわんやになっていた

雨の降る夕方に教会に行き
また祖父をみにいった

祖父は狭い霊安室に移動されていて
華に囲まれていた
「こんな狭いところにいてかわいそう」
みんながそう思っていた

祖母は祖父をみながら
「明日からがんばるからね!」とボロボロと大粒の涙を流した
僕はなんだかまだ祖父が生きているようで
まだ死が受け入れきれていなくて
ぼーっと祖父を眺めていた

家に帰って
またみんなで夕食をとった
やっぱり大勢で食べると楽しい
でもそこには祖父いない
やっぱり寂しいんだ
祖父もケタケタ笑ってるけど
本当はどこか寂しいんだろうなぁ

明日も雨らしい
いよいよ別れのときが近づいている

by hiromaruz | 2005-11-09 00:09 | グランパ | Comments(0)

祖父と私の生きる道3

11月5日 土曜

土曜の朝
なんだか騒がしい我が家
式の段取りを決めたり
訃報を電話で伝えたり
電話ががんがんかかって来たりなんなり

とりあえず祖父に挨拶をしようと思い
隣の祖母の家を訪ねると
祖父の妹が朝も早くから来ていた
やっぱり祖父は目を覚ますこともなく
ベットに静かに横たわっていた

なんだかぞろぞろくる来客に
お茶をお出ししたり
なんなりと接客をしていた
祖父の世話人をやっていたので
これくらい造作でもない

昼時
さっさと昼食を済ませて
祖父を見守っていた
その時去年の手術後からの祖父の手記を眺めていた
僕は頭痛で祖父の世話をしたとき気配りが身にしみるとか
自分は運のいい男だ!
これからの人生が楽しみだ
などと書いてあった
思わず号泣

思えば去年の初め
都内某所で一瞬記憶を失って以来
祖父の人生は下り坂だった
仕事もぼちぼちやめ始め
趣味のゴルフをたくさんしたいとか
いろいろ考えていたのに
こんなことになってしまうなんて残念でならない

13時に葬儀の人がやってきて
教会まで遺体を運び
納棺の儀式というのを行った
まぁ祖父を棺に納めただけなのだが
神父さんもやってきて
お祈りをしてくれた
祖父も喜んでいることだろう


そして叔父や父や母はまた式の打ち合わせに向かい
従兄弟も一回家に帰ってしまい
棺の部屋に僕ひとりが残された
祖父の棺に納められた聖書をよんでいたのだが
こうして二人でいると
「よぅ!」とかいってむっくり起きそうな気がして仕方がなかった
何で祖父はなくなってしまったのだろう
癌はなんで祖父を蝕んだのだろう
なんて考えても仕方がないようなことを考えていたら
父と叔父がやってきて
自分の親父はこういう死だったとか
熱く語り始めたので
席をはずした

ロビーに行くと祖母たちがいて
そっちの話に混じっていた
やがてまた続々と客がきて打ち合わせだのなんだのになったので
祖父のもとへ

やがて従兄弟達も帰ってきて
従兄弟の車に乗り込み先に帰宅
夕飯を買いに行った
サラダの材料とか焼き鳥とか

帰ってレッツクッキング
僕が味噌汁を
従兄弟の姉がサラダを作った

異様なテンションの厨房
「サラダにからあげも切り刻んで入れちゃイマース!」
「おーいーぇー!ミソスープはもうあわせMISO!でヨロシク!」

ギャーギャー騒いでいるところに
他の家族が帰ってきた
久しぶりに皆で囲む食卓
とてもにぎやかで料理もおいしく話も進む
そんな中にもやっぱり祖父はいない
思わず祖父を探しそうになってしまった

宴もたけなわ
片付けをすませ
皆家に帰っていって
僕も寝ることにした

by hiromaruz | 2005-11-09 00:09 | グランパ | Comments(0)

祖父と私の生きる道2

11月4日 金曜

大学日誌vol112 祭 の続き

学校を飛び出し
なんだか混んでいる駅のホームに立っていたら
電話が鳴った
母からだった

「今、おじいちゃんが亡くなったって」

母は泣きじゃくっていた
漫画のように携帯をおとしたりすることはなかった
だかなんだかいまだに信じれない自分の姿が
電車の窓に映った

電車の窓に映った自分を眺め
にっこりと微笑んでみるも
やっぱり目は笑ってはいなかった
でも涙は出なかった

家路について
人を眺めるのが恨めしかった
なんでこいつらこんなに笑っているんだろう
なに笑ってんだよ
なにヘラヘラしてるんだよ
なんだか腹が立ってきた

コンビニで弁当を買い
家に帰ると会社から帰ってきた父がいた
なんだかソワソワしていたが
僕は弁当をかっ込んだ

そそくさと車に乗り込み
僕と父は家を出た

車内はやっぱり無言に包まれた
父は言った
「いやー本当に残念だ残念だ・・・・」
僕は返事をしなかった
祖父が亡くなってしまうことはもう仕方がないことなんだ
そう自分に言い聞かせて
クールさを装っているうちに眠ってしまった

眠りから覚めたのは弟からのメールだった
「地か2階にいる」
そして母からも
「霊安室は地下2階だから」と立て続けにメールが来た

なんだか生ぬるい暖かさだったそんな中
病院につき急いで院内に向かった
父はなんだか早歩きだった
通常の3~4倍くらいの速さで
一般的に早いといわれる歩き方の僕が追いつくのが精一杯だった

受付で少々お待ちくださいといわれ
椅子に座っている間も沈黙状態だった

小太りのおじさんが現れ
霊安室前まで案内してくれた

霊安室には
祖母と母と叔母と従兄弟姉妹と従兄弟の兄と弟がいた
祖母は泣きじゃくっているのだろうと思ったけど
そうでもなく意外としっかりしていた

父が祖父の顔にかけられた白い布をとって対面をした
後ろでそれを眺めていたのだが
ようやく祖父の死を受け入れた自分の目から涙が溢れた

母に「あんたもおじいちゃんの顔をみなさい」といわれたけど
とても見れなくて断ったが

「みなさい」

といわれて白い布を取った

祖父の顔は入院前のようにふくふくとしていた
それはほっぺに綿とか入れられているせいであることがすぐに分った
祖父の拾い額をなでると
まだほんのり暖かかった

よく言う
まるで寝ているようだと
本当にそうだった
すやすやと寝ているような祖父
泣かずにはいれなかった

献花をして
隅に立っていた
涙が止まらない

家族は霊安車をよぶだとかなんだとか
ザワザワしていた

なんて無礼な奴らだ
祖父が死んだんだぞ!

そんなことを思っていたのだが
皆も本当は泣きたかったのだ
でも誰かがてきぱきと指示をだしたり行動をとったりしないことには
何も始まらない

何もできない僕は
隅で泣いているだけだった

「寂しいわね」
「悲しいわね」

なんて母が言葉をかけてくれたが
とても答えられなかった

やがて霊安車がやってきて
荷物をまとめて霊安室をでた
入院していた祖父の杖と荷物を僕は持った

祖母と従兄弟の兄と強引に弟が霊安車に乗り込み
僕と従兄弟の姉と父と母は車に向かった

車に向かう道で
祖父の杖をつきながら歩いていた

祖父は毎日散歩をするために
8月くらいにこの杖を作った
もちろん作るように進めたのは祖父の散歩や身の回りの世話をよくしていた僕だ

僕は土日大体祖父の相手をしていた
ご飯を買ってきたり
一緒にテレビを見たり
散歩に行ったり
いつも家にいる僕の任務であった

杖をついていると
肺の治療をしたため息苦しく
ヒィヒィいいながら杖をついていた祖父を思い出す
やっぱり涙が溢れた

もうあの姿を見ることもできず
春は桜を見に行き
夏は竹林を見に公園に行くことも
秋は落ち葉に溢れる公園に行くことも
冬は寒いから家の中でいっしょにぬくぬくすることも
もうできない

そして
祖父は歩くのが遅いからめんどうだ
そう思って散歩を断ったことも
私事のために適当に祖父に接しさーっと出かけてしまったことも
ご飯だけ用意してどっかに行ってしまったりしてしまった事も
一生懸命覚えようとしている携帯の説明もめんどくさくて怒ってしまった事も
いつまで経ってもパソコンの使い方が分らず僕に助けを求めめんどくさくて怒ってしまった事も
なにもかもが
悔しくて仕方がなかった
どうしてちゃんとしてあげられなかったのだろうか
なんて愚かなのだろうか僕は
愚か過ぎて話にならない
僕はバカだアホだドジだ最低だ
自分を責めた

車内での父や母のどうでもいい会話が耳障りだった
僕は祖父の杖を握り締め流れる景色を眺めていた

家に着くともう霊安車も到着していて
冷たくなった祖父がベットに横たわっていた
寝室の入り口に立っていた祖母が僕に寄り添い

「ヒロズはいつもおじいちゃんの面倒見てくれたわね。
 今日もおじいちゃんの横に立っててくれたわね。」と言って泣いた
僕も泣いた

大人達は葬式などをしてくれる会社の人と
あれやこれやと打ち合わせをしていて
他の孫共もどこなにかと作業をし
寝室には僕一人が残された

誰も見てないしと思い布団の中に手を伸ばし
祖父の手を握った

数日前までは力強く握り締めた祖父の手は
もうすっかり冷たくなっていた

もうこの手が僕の頭をなでることもなければ
一緒にパソコンをすることもない

せっかく家に帰れたのになんだか切なかった
やっぱり一人で大泣きをしてしまった

だれもが思うことである
もう一度会えたらと
でももう二度とは会えない
どうして会えたらなんて思うのだろうか

家族は葬式などのことでてんやわんやになっていて
もう誰一人泣こうとはしなかった
冷たい奴らだと思っていても仕方がないことなのは分っていた
僕はいつまでも泣いていた

by hiromaruz | 2005-11-09 00:08 | グランパ | Comments(0)

祖父と私の生きる道1

11月2日 水曜

さてまずは先週の水曜日
長い夜の続きから書こうか

バイト先で祖父が厳しい状況にあることを知った私は
急いでクリネックスティッシュペーパー12個入りのダンボールをしまい
ラークさんに「祖父がやばいんです!」と無理やり言い聞かせ
いつもより10分早く店を飛び出した

最初はてくてく歩いていたのだが
だんだん心配になってきて早歩き
そしていつしかティッシュと鞄をかついで走っている自分がいた

あぁなんでバイトを休んで見舞いに行かなかったのだろうか
悔やんでも悔やみきれない

急いで祖母宅に駆け込むと
玄関に祖母と弟が深刻な顔で待っていた
そして祖母は言った

「あんたもうこの間会いに言ったからいいわよね!何があっても!」

それはつまり祖父が今日死んでしまっても構わんよなと云う意味で
そんなの嫌だ!と思っていても
餓鬼ではないので僕はイエスと答えた

とりあえず荷物を置きに家に帰ると
ゴルフコンペから帰ってほろ酔いの父がコーヒーを飲んでいた
彼はこれから車を運転しなければならなく酔いを醒まそうとしていた
父がコーヒーをすすっていて
僕は窓の外を眺めていた
ただただ秒針の音が部屋中に響く

コーヒーを飲み終えた父はシャワーを浴びだした
リビングに残った僕は
ぼーっとしていることしかできなかった

やがて叔母が祖母を迎えに来て先に出発
父も風呂からあがり再びコーヒーを飲み
我々は家を出た

車内は無言に包まれた
やがて父が沈黙を破った

「鼻水止まらんわ」

父は鼻炎気味だった
鼻炎の薬についてあれやこれやと語る父弟僕といった異色な車内
緊張もほぐれてきたところで
ひどい渋滞に襲われた

我々の行く手を阻む渋滞
こんなに急いでいるのにどうして先に進ませてもらえないのだろうか
特例で反対車線を逆走しても構わないのではないだろうか
なすすべもなく渋滞の中でひたすら待った

渋滞の原因はいったいなんなのだろうか
先に行った叔母家族に聞いてみよう
電話をすると意外と明るい声でいとこの姉がでた
原因は工事であった

どうして日本はこうも工事だらけなのだろうか
そんなに掘り返してどうする
本当に意味のある工事なのだろうか
イライラしても仕方がなかった

やがて渋滞ゾーンを抜け
いとこの兄を拾い
父は50キロの道路を80キロで爆走した
意外なほど車内は和やかな雰囲気だった

10時半くらいに病院に到着
時間が時間なだけに
普通に院内に入ることができず
さまよう男4人

それっぽい人に道を尋ね
就寝時間を過ぎた病室に我々は向かった

暖房が効きすぎて暑い病室には
母や祖母叔母やいとこらと
苦しむ祖父がいた

祖父についている酸素マスクの酸素を発生させる機械が1個増えていて
体中にコードがついていた
祖父は
ウーウーいいながら左右に寝返りを打っていた

そして苦しいはずなのに祖父は力を振り絞っていった

「オーゥみんなきたのかぁー」と

一瞬室内の気が抜けた
なんだ大丈夫じゃんみたいな空間
祖父は皆に心配をかけたくなかったのだ
病室が狭いので我々孫達は家族控え室に避難した

控え室でジョークなどを言ったりして和やかな雰囲気だったが
やっぱり心のそこでみんな祖父が心配だった

従兄弟の兄が
「トイレに行く」といって出て行き
弟も無言で出て行った
彼らは病室に向かい
ただただ祖父の横に立っていた
別に声をかけるわけでもなく

やがて叔母が控え室に叔母が疲れた顔で現れた
「おじいちゃんみてらっしゃい」というので順番に祖父を見に行った

従兄弟の姉が先に行き
やがて僕が向かった

病室に
叔母と なんだか祈る祖母と 母と 父と 僕
苦しがる祖父を見て手を握ってやった
祖父は薄目で僕を眺めて
再びうなりだした

「うちにかえりたーぃ」
「みんなでしょくじをしよぉーぅ」

祖父は家が好きだった
家族の集まる家で
皆でご飯を食べて
酒を呑んで
若い頃の自慢話をし
ハーゲンダッツを食べ
皆を見送る

そんなありふれた日常
それこそが苦しむ祖父の求めているもので
祖父の一番幸せな時間だったのだろう

弱った祖父の握力がすっかりなくなってしまった手を握り
僕は一人涙してしまった
祖父と目をあわすたびにボロボロと涙が出てきた
でも祖父に泣き顔は見せまいとふいと後ろを向いたりした

いつの間にか買出しに行っていた僕を除く孫共が帰ってきて
おむすびなどを頂いた

もうすっかり3時になっていた
叔父もようやく到着し
祖母は疲れて寝てしまい
父も寝てしまった

いつまでたっても此処にいたってなんだか死を待っているようで嫌だ

だから叔父と従兄弟と僕と弟は帰ることにした

叔父は明日から出張に行く
ひどいな!おい!とか思わないでほしい
きっと祖父もそれを願っているはずだと思うと叔父は言っていた
たしかにそうだと思う

ずっと待っていたら
何も行動はできない
だからひとまず帰ろうと

コートや荷物を取りに病室に向かうと
祖父はやっぱり苦しんでいたが
さっきほどではなかった
なんだか新しい薬を投与されたらしい
意識も朦朧としていたとか

僕らは車に乗り込み
皇居沿いを通り病院を後にした

休日5に続く



by hiromaruz | 2005-11-09 00:07 | グランパ | Comments(0)

急告

祖父が僕らをおいて旅立ってしまいました
ですから式が終わるまで更新を停止させていただきます
おいおい湿っぽいぜ!と思われてしまった方
申し訳ないです

先週の水曜日の夜から最後までを
式が終わり次第まとめたいと思います

そんなこと書くのは不謹慎だよ!
と思われるでしょうが

しかし
祖父の最後までをしっかりと書き留めることが
今の僕にできることなのだと思います


せっかくブログをみにいらしてくださった方申し訳ありません
ではまた

by hiromaruz | 2005-11-05 23:26 | グランパ | Comments(0)